2010年12月02日

読書ノート、ふたたび。堀江敏幸「ゼラニウム」


■タイトル:「ゼラニウム」(朝日新聞社)
■著者:堀江敏幸
■ISBN:4022577029
■読書期間:2010/6/14〜2010/6/19
■抜書き:砂の森 より

 将来は生物学か流体力学の研究者になりたいと彼女が話し
てくれたのは。もうずいぶん前のことだ。
 ふたつの領域のはるかな懸隔に唖然としつつ、生物学はと
もかく水流の研究と言われて私に想い浮かべることができた
のは、せいぜい水洗トイレの渦巻きくらいのものだった。

 トイレでいいのよ、たとえてみればそういうことだから、
と彼女は笑ってつづけた。
 水の入った容器がある。どんな形状でもかまわない。それ
を一定の力で揺らしてみる。あるいは空の容器に水を流し込
む。どんなふうに波打ち、どんなぐあいに砕け、どんなふう
に渦を描くか。
 とうぜん容器の形や揺れの強さで水の動きはちがってくる
でしょう?このときの水の揺れをあたう限り正確に数式化し、
シミュレーションできたら、たとえばカフェのアラブ式トイ
レの奔放な水しぶきとその直後の濁流の方向を改善すること
だってできるわけよ、と私がそこにこそ魅力を感じている、
薄手のTシャツを着ても隆起の望めない貧弱な胸を張って答
えてくれた彼女に、家の近所に川や海があるわけでもないの
になぜ水に惹かれたのかと訊ねたのだった。

 人の行いに納得のいく理由を見出すのは難しい。
 まして本人に説明を求めるのは野暮というものだ。
 なぜそうするのか、なぜそう考えたのか。そういうぶしつ
けな問いを投げかけてただちに通りのいい回答を求める手合
いを毛嫌いしていたはずの私がやっぱりおなじ轍を踏んでし
まったのは、たぶん服を着ているのではなく着られているふ
うの、彼女の細い身体から溢れる活力の秘密を知りたかった
からだろう。


■長い長いワンセンテンス〜心の中にある秘密基地

 主人公はGFの公務員試験(だったかな)の会場に付き合い、
その後、彼女が子供時代に"冒険をした"という森の中にある
秘密基地に連れていかれる。

 秘密基地。甘美な響きである。無論、その言葉の響きに惹
かれた実際のそれは、時を経て、改めて訪れたりすると(そ
れがちゃんと残っていたり、その場所自体を覚えていれば
の話しなのだが)、至ってちゃちなものである。

 私にも秘密基地があった。まだ横浜に森やら畑やらが住宅
地の近辺に残っていた頃、幼稚園の裏庭にある森の中に。
 年上の子供達がそこを開発したのだろう、太い木にどこか
ら持ち出してきたのか、梯子が立てかけられていて、いかに
も私達に"ここを秘密基地にしろよ"と誘っていた。
 その梯子を登り、枝分かれしたところに腰を据え、何をし
たのか、今となっては覚えがない。
 双眼鏡でバードウオッチィング、いや、敵の来襲に備えて
見張り番をしたのかな?

 秘密基地の寿命は短い。子供はすぐに新しい遊びを見つけ、
そのサイクルを廻していくからだ。
 幼稚園から小学校に上がったころ、私は一人でかつての秘
密基地を探しにいったことがあった。
 しかし、一体誰が片付けたのか、大きな目印となるあの梯
子がどこにも見当たらなかった。
 あの頃、その森も大分整備縮小されていた気がしないでも
ない。
 いや、もともと森と呼ぶには憚れる、林という感じだった
のかもしれないな。

 数年前、かつて住んでいたその町を訪れた。
 当時新興住宅であったxx台も、腕白坊主たちがオヤジ世
代になって、家並が古びていたし、表札に2つの姓が掲げら
れていたりした。
 通っていた幼稚園は瀟洒な鉄筋コンクリート建てに生まれ
変わっており、かつての裏庭にあたる今は整備された公園に
は林の面影は微塵もなかった。
 変わっていなかったのは私が住んでいた団地で、築40年
という年輪を刻んでいた。
 一人、建物の側面の壁にボールをぶつけフライをとる練習
をしていたことを思い出したりした。
 ピクニックにいった山は切り拓かれ、開発された住宅街を
登っていくと、そこは東戸塚なのであった。

・椎名誠「はるさきのへび」その2
  http://onlykiwi.seesaa.net/article/105139281.html?1241222870

 もうすぐ年の瀬、そして、新春の箱根路に母校の襷を繋ぐ
駅伝の季節である。
 実況アナウンサーが「2区の難所、権太坂です」とコース
を紹介する時、私はきっと梯子がかけられた秘密基地を思い
浮かべることだろう。


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読書ノート、ふたたび。: http://onlykiwi.seesaa.net/

読んだ本の題名と作者、それから読んでいた期間と出版元。
 このたった4つの情報を記しただけの簡単なメモ的なもの
が、ボクがかつて付けていた「読書ノート」の全容だ。

 いつの頃からか、せっかくの読書ノートをつけるのをやめ
てしまった。
 本を読むたびに、ああ、なんて思うこともあり、じゃあと
いう訳でふたたびつけだそうと思いたった。

 できれば、その読書ノートをつけることを勧めてくれた
きみこ先生に読んでもらいたくもある。

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*読書ノートの索引はこちら

  http://onlykiwi.seesaa.net/category/6437306-3.html


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posted by onlykiwi at 05:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書ノート、ふたたび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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