2010年09月28日

読書ノート、ふたたび。吉田篤弘「百鼠」

■タイトル:「百鼠」(筑摩書房)
■著者:吉田篤弘
■ISBN:448080384X
■読書期間:2010/5/16〜2010/5/22
■抜書き:一角獣 16 より

 昔は−
 なかなか上手く自転車に乗ることが出来なかった。
 モルト氏は指折り数えて「三十七年前」という数を割りだす。
六歳のときだ。
 誰でもそうだろうが、最初は小さな補助車輪を装着して乗り
始める。だが、六歳には六歳なりのプライドがあって、補助車
輪など早く外して大人のように乗りたいと思う。
 モルト氏は、いまと違ってじつに達観した少年であったから、
「それならば」と、最初から補助なしで挑むことにした。

 そのころ、街には空き地があちらこちらにあって、いずれも
トゲだらけのバラ線で封鎖されていた。
 達観した悪ガキでもあったモルト氏は、父親の道具箱から黒
くて重たいペンチを無断借用し、バラ線をことごとく切り落と
してから空き地に忍び込んだ。
 忍び込みたい理由など特になかったのだが、しいて言うなら、
侵入を拒むものへの挑戦だったのかもしれない。


■抜書き:到来 より

「覚えやすくていいと思うけど」

 中村屋君がそう言っていた。もちろん本当は「中村君」なのだ
けれど、彼は新宿中村屋のインドカリーが何より好きで、大学の
友達は皆おもしろがって「屋」を付けて呼んでいる。
 最初は変わり者同士のよしみから、彼が学校の帰りに紀伊國屋
書店へ本を買いに行くのにつき合っていた。
 紀伊國屋君と呼び直してもいいくらい彼は本と本屋が好きで、
とにかくひたすらムズカシイ本ばかりを、じっくり立ち読みして
は一冊ずつ買っている。

「ムズカシイ本だけがすきなわけじゃなくてー」

 彼なりに考えがあるようだった。

「若いうちにムズカシイ本をいっぱい読んでおいて、歳とった
ら楽しい本だけ読んで暮らしたいから」

 彼は大学に通いながら電球交換員の仕事をしているので、学
友の中ではいちばん羽振りがよく、ほとんど毎日のように本を
買っている。

「変なものを買うくらいなら、本を一冊買いたいね」

 本屋へ向かう道すがら、彼は自分に言い聞かせるように必ず
そう言う。

「変なものって、たとえば?」
「そうだなぁ・・・バンダナとか」

 ムズカシイ本が並ぶ棚の前で、彼はムズカシイ顔になって背
表紙の文字をひとつひとつ読んでいる。
 わたしは中村屋君がムズカシイ顔のままバンダナを首に巻い
ているところを想像しては笑いをこらえていた。

「バンダナ買ったことある?」
「あるよ、もちろん」
「似合わなかった?」

 中村屋君は不服そうにフンと鼻を鳴らし、「どうしてそうい
う否定的な訊き方するかなぁ」と怖い顔で私を睨んだ。

「じゃあ、似合った?」
「いや、だから、ああいうものを買うくらいならね・・・」

 彼はいったん本を買ってしまうと、すぐに読書欲から食欲に
スイッチが切り替わる。

「バンダナ買うくらいなら、カレーを食べるよ」


■長い長いワンセンテンス〜お気に入りの作家と個人的な思い出

 この短編集には「一角獣」「百鼠」「到来」の3作品が収録
されている。
 主人公は中年男のモルト氏、天上に住む<朗読鼠>の僕、そ
して、風変わりな彼との距離を縮めるための一歩が踏み出せな
い女子大生:渚と、三者三様である。
 が、同じ書き手によるものでもあって、作品のトーンがどこ
か似通っていた。ま、書き下ろしの短編集で、それを意図して
書いたものなのかもしれないな。

 私はどの作品もいいなと感じたのだが、特に3番目の収録作
品である「到来」が一番気に入った。
 特にラストシーンのある種の変調は、はじめ読んだときに
それに気づかず、短い作品だからともう1度読み直して、なる
ほど、面白い終わらせ方だと感じ入った次第であった。

 作中で触れられる作家の母に書かれてしまう渚の思いは、シ
ーナガク君もそうなのではないか、とまた勝手に想像したりし
た。ガク君は幾つになったのであろうか?

 それにしても、吉田篤弘の書く小説はどれも面白い。
ここまで幾つもの作品を読んだが、どれもこれもよかった。
 ちょっとリストとして抜き出してみるか。


・吉田篤弘「フィンガーボウルの話のつづき」
  http://onlykiwi.seesaa.net/article/102849186.html?1241222464

・吉田篤弘「つむじ風食堂の夜」
  http://onlykiwi.seesaa.net/article/105988273.html?1241223107

・吉田篤弘「それからはスープのことばかり考えて暮らした」
  http://onlykiwi.seesaa.net/article/119101262.html?1241992619

・吉田篤弘「という、はなし」
  http://onlykiwi.seesaa.net/article/119712417.html?1242772180

・吉田篤弘「空ばかり見ていた」
  http://onlykiwi.seesaa.net/article/136023125.html?1261184503

・吉田篤弘「針がとぶ」
  http://onlykiwi.seesaa.net/article/149935590.html?1273887457


 この本が7冊目ということになる。

 あと個人的な思い出としては、この本を読み始めた日に、
憧れの(ファンである)競艇選手と川崎で飲んだということ
かな。

 桐生での全日本選手権(ダービー)、頑張ってください!


-------------------------------------------------------------

読書ノート、ふたたび。: http://onlykiwi.seesaa.net/

読んだ本の題名と作者、それから読んでいた期間と出版元。
 このたった4つの情報を記しただけの簡単なメモ的なもの
が、ボクがかつて付けていた「読書ノート」の全容だ。

 いつの頃からか、せっかくの読書ノートをつけるのをやめ
てしまった。
 本を読むたびに、ああ、なんて思うこともあり、じゃあと
いう訳でふたたびつけだそうと思いたった。

 できれば、その読書ノートをつけることを勧めてくれた
きみこ先生に読んでもらいたくもある。

-------------------------------------------------------------

【オモシロイ、オモロナイのボタン】

にほんブログ村 競馬ブログ 競馬予想へ
クチコミblogランキング TREview


人気ブログランキングへ


【オモシロイと思われましたらクリック(3段評価)をお願いします】
【オモロナイと思われましたらコメント(自由形式)をお願いします】
【逆パターンでも構いません。勿論、ご感想もお待ちしております】
【オモシロイ、オモロナイのボタン】
posted by onlykiwi at 22:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書ノート、ふたたび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。