2009年12月31日

読書ノート、ふたたび。村上春樹「アフターダーク」

■タイトル:「アフターダーク」(講談社)
■著者:村上春樹
■ISBN:4062125366
■読書期間:2009/12/14〜2009/12/18
■抜書き:15 am 4:33 より

 二人はしばらく黙り込む。コオロギは相変わらずテレビのリモコ
ンを手に持って、意味もなくいじっている。救急車のサイレンが遠
くに聞こえる。

「なぁ、マリちゃんは輪廻みたいなものは信じてる?」
 マリは首を振る。「たぶん信じてないとと思う」

「来世みたいなものはないと思うわけ?」
「そういうことについて深く考えたことないんです。でも来世が
あると考える理由がないみたいな気がする」

「死んでしもたら、あとは無ししかないと」
「基本的にはそう思っています」とマリは言う。

「私はね、輪廻みたいなもんがあるはずやと思てるの。とゆうか、
そういうもんがないとしたら、すごい怖い。無とゆうもんが、私に
は理解できないから。理解もできんし、想像もできん」
「無というのは絶対的に何もないということだから、とくに理解
も想像もする必要ないんじゃないでしょうか」

「でもね、もし万が一やで、それが理解やら想像やらをしっかり
要求する種類の無やったらどうするの?マリちゃんかて死んだこと
ないやろ。そんなん実際に死んでみなわからへんことかもしれんで」
「それはたしかにそうだけど・・・」

「そういうことを考え始めるとね、じわじわと怖くなってくるねん」
とコオロギは言う。
「考えてるだけで息が苦しくなって、身体がすくんでくる。それや
ったら輪廻を信じてた方がまだしも楽や。どんなひどいもんにこの
次生まれ変わるとしても、少なくともその姿を具体的に想像するこ
とはできるやんか。たとえば馬になった自分とか、かたつむりにな
った自分とかね。この次はたぶんあかんとしても、そのまたネクス
ト・チャンスに賭けることかてできる」

「でも、私にはやはり、死んだらなんにもないという方が自然な
気がします」とマリは言う。
「それはね、たぶんマリちゃんが精神的に強いからやないかな」
「私が?」

 (後略)

■抜書き:15 am 4:33 より

「私はね、よく昔のことを考えているの。こうして日本中逃げ回る
ようになってからは、とくにね。それでね、一生懸命思い出そうと
努力していると、いろんな記憶がけっこうありありとよみがえって
くるもんやねん。ずっと長いあいだ忘れてたことが、なんかの拍子
にぱっと思い出せたりするわけ。それはね、なかなか面白いんよ。
人間の記憶ゆうのはほんまにけったいなもので、役に立たんような、
しょうもないことを、引き出しにいっぱい詰め込んでいるものなん
よ。現実的に必要な大事なことはかたっぱしから忘れていくのにね」

 コオロギはテレビのリモコンをまだ手に持ったまま、そこに立って
いる。

 彼女は言う、「それで思うんやけどね、人間ゆうのは、記憶を燃料
にして生きていくものなんやないのかな。その記憶が現実的に大事な
ものかどうかなんて、生命の維持にとってはべつにどうでもええこと
みたい。ただの燃料やねん。新聞の広告ちらしやろうが、哲学書やろ
うが、エッチなグラビアやろうが、一万円札の束やろうが、火にくべ
るときはみんなただの紙きれでしょ。火の方は『おお、これはカント
や』とか『これは読売新聞の夕刊か』とか『ええおっぱいしとるな』
とか考えながら燃えてるわけやないよね。火にしてみたら、どれも
ただの紙切れに過ぎへん。それとおんなじなんや。大事な記憶も、
それほど大事やない記憶も、ぜんぜん役に立たんような記憶も、み
んな分け隔てなくただの燃料」

 コオロギは一人で肯く。そして話を続ける。

「それでね、もしそういう燃料が私になかったとしたら、もし記憶
の引き出しみたいなものが自分になかったとしたら、私はとうの昔
にぽきんと二つに折れてたと思う。どっかしみったれたところで、
膝を抱えてのたれ死にしていたと思う。大事なことやらしょうもない
ことやら、いろんな記憶を時に応じてぼちぼちと引き出していけるか
ら、こんな悪夢みたいな生活を続けていても、それなりに生き続けて
いけるんよ。もうあかん、もうこれ以上やれんと思っても、なんとか
そこを乗り越えていけるんよ」

 マリは椅子に座ったまま、コオロギの顔を見上げている。


■長い長いワンセンテンス〜輪廻転生

 輪廻である。
 子供の頃、突然自分が死ぬことを強く意識してしまって、心臓が
バクバクして何も手につかなくなることがあった。

 それは授業中でも家にいる時でも"唐突"にやってくるので、その
意識が頭の中から消えてくれるまで、本当に無力になるのだ。
 幸いなことにそういった状態の時、先生に何らかの答えを求めら
れたことはない。それを意識した瞬間から授業を聞けていないのだ
から、答えはしどろもどろだったことだろう。
 教育実習をした経験から推し量れば、教壇に立っていると生徒の
行動は、視野の死角となる手前側の両端以外はかなりの率で察知で
きる。先生は敢えて自分を指さなかったのか、あるいは、授業に集
中できていないという範囲を超えて(いって)いたのかもしれない。

 そういった事象にいつから囚われなくなったかという記憶は定か
ではないのだが、手に負えない感情を抑えこむ理屈として"輪廻転
生"はあるのだと自分が思っていたことは確かだ。
 この「アフターダーク」を読むのは多分3回目なのだが、それ
まで、このコオロギさんの言葉に強く惹かれたという記憶はない。
 ある時には感じて、ある時には感じない。しかし、ある時に強
く感じたことは、その後も印象として強く残る。
 読書の(あるいは記憶というものの)不思議な、それでいて醍醐
味である。

 余談ながら。
 家でその思いに囚われて、どうしようもなくなった時、TVで
は「びっくり日本新記録」が流れていた。
 どうでもいいことなのだが、それは強く自分の中に刻まれてい
る記憶である。
 高校の時はその動揺を悟られたくなく、窓際の席だったから、
外ばかり見るようにしたことがあった。
 格好の質問されそうな行動だったのだが、しどろもどろになっ
て立ち上がったという記憶は幸いなことにない。


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読書ノート、ふたたび。: http://onlykiwi.seesaa.net/

読んだ本の題名と作者、それから読んでいた期間と出版元。
 このたった4つの情報を記しただけの簡単なメモ的なもの
が、ボクがかつて付けていた「読書ノート」の全容だ。

 いつの頃からか、せっかくの読書ノートをつけるのをやめ
てしまった。
 本を読むたびに、ああ、なんて思うこともあり、じゃあと
いう訳でふたたびつけだそうと思いたった。

 できれば、その読書ノートをつけることを勧めてくれた
きみこ先生に読んでもらいたくもある。

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posted by onlykiwi at 10:42| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 読書ノート、ふたたび | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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